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2014.10.09(Thu):占い
秋もすっかり深まって来ているようで、朝晩は少し肌寒い日が訪れて来てますね。
 
今回のテーマは占いは非現実的なのか?現実的なのか?です。中々際どいテーマですね、けれどもこれは是非とも当流が述べたい事でもあります。ではでは・・・。

占いは現実的か非現実的か?どちらなのでしょう?こんな事占い師が述べるのもおかしな話でございますが、いきなり結論から申せば占いとは現実的でございます。
 我々、其仙流が言う現実的占い、非現実的占いとは?勿論、「原理、原則」が確かに作用しておる占法を用いてその上での事でありますが。以下のように挙げてみました。

①オカルト、霊感、神秘思想または不純物的考え、思想を取り除いたもの。
②相談者の今を観つつ未来の道筋を伝える。
③必要以上にあえて粗を言うべからず。

細かい事を言えばまだありますが、大体以上の三つが現実的かどうかの判断基準になるでしょう。それではそれぞれを説明していきましょう。

①オカルト、霊感、神秘思想または不純物的な考え、思想を取り除いたもの

占いとは相談者のこれから先の未来をどう開運していくか?現在の問題をどう乗り越えて行くか?今の幸福をどう繁栄維持していくか?大まかに言えばこの三つが観えて指南出来ないと、占いの意義が失われるでしょう。
 オカルト、霊感占いのそのほとんどは根拠がありません。このブログ内でも何回も述べておりますが先祖がどうとか、過去生がどうとか、動物霊や生霊があれやこれやらは運勢とは全く因果関係がありません、みなさんある程度冷静に考えたら分かるはずなんですが、わきまえ無き好奇心や思い込みなどが冷静な、また現実的な思考の邪魔をするようです。
 さらにそこに占い師側の過度な宣伝、パフォーマンスなどが加わり、また占い師自身も占いとはオカルト、霊感であると思い込んでいる事が事態を更に悪化、悪循環、複雑化しております。

確かに例外的な事はございますがあくまで例外は例外でそれが常になっておる状況は異常と言わざるを得ません。

またここで一つ注目したいのが、神秘思想ですね。
 神秘思想は主に西洋文化圏から広がってますが、東洋や北欧、アフリカ諸国でもそれぞれの文化と融合しあいながら現代に於いても新たな思想へと変化しつつあります。
 この神秘思想または神秘学の影響で、占星術やスピリチュアル、前世思想、など多くの占法または新たな思想を生む切っ掛けにもなっております。多くの神秘思想、神秘学はほとんど根拠が無く原理、原則がどこに働いているのか皆目見当もつかないものであります、何処まで行っても入口も出口も神秘に始まり神秘に終わるが、ほとんどの神秘思想、神秘学の本質なようでこれを現実的な占いか?と言われれば「否」と言わざるを得ません。


②相談者の今を観つつ未来への道筋を伝える。

ある日ふと、街を歩いていると街易の易者さんの席に相談者が座って今まさに相談をしているところを小耳にはさんだ時の事です、その易者さんは相談者の悩みを聞かずいきなり「貴方は両親が離婚していますね?」とか「母方に付いていってますね」「「大学を卒業してそこそこの企業に勤めてますね」云々かんぬんと一方的におべんちゃらをしておりました。
 よく耳を澄ますとどうやら相談者はお付き合いしている恋人と今年結婚したらよいか来年結婚したらよいのか?を聞きたいみたいなのですが易者はお構いなく「当てもの占い」「分析占い」を続けていました、相談者は次第にげんなりした表情を浮かべる始末、易者はそれに気づかず永遠おべんちゃらを続けておりました。

 よくある占いの光景ですね、何度も言っておりますが占いとは「当てもの、分析占い」がその本質ではありません、例えその「当てもの、分析占い」が当たっていようが「腕がある占い師とは言えません」。
 相談者はまさに今、目の前の問題を聞きたいのです、今、目前にある悩みを解決したいのです。

 相談者の「今」を観て現在の運勢が悪ければどうすれば軌道修正出来るか?現在の運勢が良ければどうすれば繁栄維持出来るか?今を観て未来に繋がる指南をする事に占い師は意義を見出さなくてはいけません
 我々、占い師は相談者と共に泣き共に笑う存在でなくてはいけません。病を観て人を観ずのような占い師になって何の意味があるのでしょうか?ただの自己満足に過ぎないでしょう。 


③必要以上にあえて粗を言うべからず。

 人の悪いクセは目に付きやすく、良い所は目に付きにくいものでございます。観相学や透視、占い全般にも言える事ですが悪い所ばかり観るのではなく良い所も観てその上での指南をしないといけないでしょう。
 我々、占い師は平たく言えば吉凶を述べているわけですが、「そこに学び」があるかどうかが「腕と人格を問われる所」でもあります。故についついお説教になりやすくなりますが、お説教はお説教でもただのお説教なのか?学びのあるお説教なのかわきまえたい所であります。
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運とは確実に存在しているものでございます。皆さんも何となくそれこそ奇跡かと思われる出来事や、トラブルに巻き込まれたりして何かの導きかと思ってしまうような突破口を見出したりといった体験や、こんなに幸せで、恵まれていいものかと思ってしまうくらい幸運に恵まれたりといった経験、体験があると思います。
 
 また同じ年生まれ、同じような環境で育ち、同じ企業に勤めて、ここ一番運に恵まれる人と、うだつの上がらない人とがいます。

これらの出来事は大きな意味で言えば運が有るか無いかの差でございます。ただ運とは目に見えないものでございますから、そこに不安や、不安定さ、疑り、つまり運を有るか、無いかの選択にかけてしまうのです。

 無いかもしれない…と思ってしまえば無いものとして生きて行くしかございません、ですが例えば、ここにある恋人がいるとして女性は男性を愛しています、ですが男性は愛なんて目に見えないからと疑ったり、不安定になると次第に二人の関係はギクシャクし温度が冷めてしまうでしょう。
 運とはこれと同じでございます、愛という目に見えないものが有るか、無いかを疑う余地はあるべくもなく、運も確実に有るのです。また相談者のお役に立つという考えがしっかりと無いと現実的に役に立つものではございません。

 その運を計って吉凶を読み、開運、人間的成長、問題解決の糸口などを指南するのが占いの本質であり、また指南者、占い師という事でございます。
 ただ、初めに挙げました通り、占法の原理、原則が間違っていたり(オカルト、霊感、神秘思想など)占い師の人格がもう一つ仕上がっておらぬようでは、占いの玄妙さを発揮する事はかなうべく事もない有様でしょう。 
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