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2014.05.20(Tue):占い
はい、久しぶりのこのシリーズですね。今まで、各占法、流派、の「原理、原則の間違い」「歴史認識の間違い」「占い師、指南者のあるべき姿勢」「作法の間違い」などを取り上げて来たわけですが、皆さん、こう思うと思います。

「現に間違った占法でも開運したり的中率のすごい占い師もいるじゃないか!」

はい、おっしゃる通りです。これがこれまた、現代の占い業界のややこしい状況でもあります。

先ず、我々、其仙流の言っている「間違い」とは?という事ですが、上記に上げたとおりですが、今回は特に以下の二つについて説明したいと思います。

①「技術」の間違い。
②「能力」の間違い。

以上の二つは「開運」に直接係わる所でもありますので詳しく述べたいと思います。

 「技術」の間違いは往々にして「原理、原則が働いていない、もしくは思った以上に効果、,成果がない」この一点にあります。
個人的な意見ですが恐らく、こと「運勢を計る」と言う意味において「易」を超えるものはないのではないでしょうか?
 あとは、個々の指南者の好みにもよりますし得手不得手もあるでしょうから、そういう意味においてはどんな占法でも良いわけですが・・・。

次の「能力」の間違いが一番ある意味問題でして、「技術」においてもこの「能力」を併用される方も大勢いますから、詳しく述べていきましょう。

では「運」に「干渉」「観る」事が出来る能力にはどのようなものがあるか上げてみましょう。
・画像透視
・無相
・観相学
・直観

以上です。この中で「無相」は其仙流しか恐らく知らないので、今回は省きます。

(直観)
 先ず、「直観」ですね。およそどのような占法においても、この「直観」は鍛えなくてはいけません。
ですが中々、具体的な鍛え方、要するに「鍛練」が分からないため、持て余しているのが実体でしょう。
 この「直観」は「占い」をする上でとても大事な事で、「占いとは?」=「感じる事」と言い換えても過言ではありません。
つまり、「感じる」=「直観」なわけです。

この「感じる」「察する」を「鍛練」するのに、何回も言っております、「高い人格」が求められるわけです。
「高い人格」=「心の成長」でもありますので、この「心」がある程度仕上がらないと「安定した直観」は難しいんですね。
現代占い師の多くはこの「心の鍛練」をおろそかにしやすいので、中々「腕が上がらなかったり」「行き詰まったり」「安易な占い師になったり」するんですね。

この「直観」はこれだけをかなり「鍛練」するだけでもすごい「威力」を発揮します。ですが中々「運勢」を「追いかける」事には向いていないので、ポイントを絞った使い方になるでしょう。
例えば、人の「思い」「感情」を「直観」で知る事も出来ますが、そこに至る「経緯」までは分かりません。
 人の「思い」「感情」はそこに至る「経緯」や「状況」「環境」も含めて「思い」「感情」なので「直観」だけでは対応が出来ない事もしばしばあります。


(観相学)
以前にも何回か、「観相学」は取り上げたと思います。実は観相学は「技術」ではなく「能力」に分類されるものです。
要するに、人の「運勢を人体に現れる血色、氣色、神氣から感じ観る能力」というわけです。

現代観相家の多くが「観相学」をただの「技術」としか扱っていないので何時まで経ってもそれでは「血色、氣色、神氣」を正確には判断出来ません。「観える時は観えるが観えない時は観えない」といった不安定なものになります。

これは我々の「目」もしくは「印堂」から「観る」という「氣」を発して初めて、正確に観えるものなので、観相学は「能力」になるわけです。もちろん「観るという氣を発する」部位は「目」「印堂」以外にもありますが、「目」「印堂」がもっとも適しております。


(画像透視)
これも、このブログで何回も取り上げていますね。画像透視とは一般的に知られているように、場面やシーンを「画像」で観る「能力」を言います。
 ですが、画像透視の「原理、原則」上過去を観る事に特化しております。良くても「現在
を観る事までです。
 以前にも説明しましたが、「画像透視」は結果的に「色」を「追いかけているので」=「過去」になるわけです(なりやすい)。
要するに「未来」=「白黒」になるので「無相」=「未来」に特化するのです。
 もちろん「無相」でも「色」が出て来る事もありますが基本、「白黒」「光の明暗」になるわけです。


以上が「画像透視」「観相学」「直観」の説明です。
 ですが、ここでもう一つ説明させて頂きたい事があります。それは「占法」は大きく分けると「陰法」「陽法」に分ける事が出るという事です。
この事実は多くの現代占い師が知らない事でもあります。

「運勢」とは「開運」とは簡単に説明すると「エネルギーの増減」と言い換える事も出来ます。
一口に「運勢を観る」と言っても「漠然」と質問されても「エネルギー」は僅かなんです、それでは中々「観えるものも観えにくい」ものです。
 ですから相談者の「真剣度」という「エネルギー」が必要でさらにそこに「指南者」の「真剣に観る」という「エネルギー」が加われば「観えないものが観えて来る」んですね。

「相談者の真剣なエネルギー」×「指南者の真剣なエネルギー」=「運勢の流れが観える」というわけです。

「相談者の真剣度」が無ければ「指南者」だけの「エネルギー」で観ないといけませんから、この場合「指南者は大変消耗」するわけです。もしくは「漠然」と答える事になります。

ここで、言いたいのは、「当てもの」「分析」「癒し系占い」「霊感」などは「受動的占法」なので=「陰法」であります。
何故か?それは相談者の「真剣なエネルギー」を「必要としない」からです。結果、「陰法」=「未来は観えない」(非常に観えにくい)

ですから大前提として「運勢の流れ」を観る場合は「陽法」でなければ先ず観えません。
つまり「相談者のエネルギー」×「指南者のエネルギー」がどうしても必要なわけです。
 「運勢」を観るには「能動的占法」でなければ正確には判断出来ないんですね。

現在、様々な占法が存在しておりますが、その99,9%が「陰法」です。「過去」を観る方法で「未来」」を観ようとしているわけですから、「不安定な上に不安定」なわけです。



ここからが、本題です。「間違った占法、方法で何故当たるのか?」鋭い人は分かったかもしれませんね。
 そう、「指南者、占い師のエネルギーが大きいから」です。しかも「当てもの」「分析」「霊感」」「癒し系占い」などはその「エネルギー」がある意味「小さくても」観える場合があります。このような時に「占い師」によっては「異常な的中率」を叩き出しますので、まさに「神ががり的」に思えるわけですが、「陰法」はやはり「陰法」でして「たまたま感」がどうしてもあります。
 
 「エネルギー」がいつまでもつのか?ここが大変な問題点になってきます。所詮人間ですからそうそう長くは続きません。
個人差はあるでしょうが「数日」「数年」場合によっては「数十年」でしょう。それでも「未来」を「見続ける」事は無理でしょう。つまり、「陰法」はその「威力」が長い間続く者でも結果、「過去もしくは現在」までを観る事までですから、実用的かと言われたら、その範囲は狭いものです。「開運」は「未来」を観る事によって「開運」に続く「道筋」を観ていかないといけませんので「陰法」ではどの道「限界」があるんですね。極稀に「陰法」であろうが「陽法」であろうが、何でもござれという「仙人級」が現れたりしますが、そんな「仙人」は超~~~稀にしか出現しません。


「間違った占法、方法、原理、原則で何故当たるのか?をもう一度、他の理由も合わせて見ていきましょう。

A占い師、指南者の観るというエネルギーが大きかった時。
B「直観」が冴えていた。
C偶然。
D思い込み。

以上の四つが「間違った方法論でも何故、当たるのか?」の主な理由です。
CとDはある意味どうしようもない事なので、取り上げはしませんが。AとBはツイツイ「本物」と思ったり「腕がある」と思ってしまいやすいので、「指南者、占い師」「相談者」共々注意が必要です。

長く、「本物」の「腕」を維持したければ「陽法」で「未来」を「観る」が「正当占い」です。
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