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2014.04.27(Sun):占い
中々、面白そうなテーマですね。占いⅤS予言とは。
 ここで言う「予言」とは予め決まっている「未来」を的中させる事を指します。

今回のテーマは「運の法則」を含みますので、現代占い師の多くの方も興味があるのではないでしょうか。

では、それぞれを説明していきましょう。
先ず、「占い」ですね。「占い」の「定義」は何でしょうか?要するに、「占い」とは?という事ですね。
 現代占い師の多くが、すぐにこの問いに答えられません。いつの時代でも漠然と認識して来ましたから。
ですが、真面目に「運」「運勢学」「占い」などに取り組んでいた「占い師」「指南者」は極少数ではありますがいつの時代にでもいました。それでも、少数なんですね。

はい、本題に戻りましょう。

・「占い」とは、法則性を以って「運」の流れを計る事。そして、「開運」するための流れを捉え相談者に助言するのが「占い師」「指南者」です。

これが、「占い」「占い師」の全てであります。


では、お次は「予言」の「定義」ですね。

・「予言」とは、予め決まっている「未来」を指示す事です。


単純にこの「占い」と「予言」を比べてみたら、何だか「予言」の方が迫力や雰囲気がすごいと思うかもしれませんね。


はい、ではここからは「運」そのものの法則性を説明していきましょう。
 「占い」も「予言」も「運」という流れの中に「存在」する事ですから、その法則性を理解する事によって色んな事がもう少し明確になって来ると思います。

①「未来」は決まっていない。
 
 何回も、このブログでもお伝えしている事ですが、基本「未来」は「未定」です。
これだけは、決定しているんではないですか?とか、これは運命的に定められいる事だ。とかはありません。

 でなければ、「生きる」事に「意味」が無いでしょう。

ですが、一つだけ例外があります。つまり、「決まっている未来」があるんですね。
 それは、「死」です。これだけは中々人類が克服出来ていない事なんですね。もしかしたら克服してはならないものなのかもしれませんね。

「未来」は決まっていないからこそ、どうすればより「幸せ」になれるのか?「充実した人生」になれるのか?を人類は考え創造出来るんですね。これを「造化論」と言います。

また、「未来」は過ぎ去れば「過去」になります。この「過去」を見通すのが「画像透視」です。
 よく、アメリカ、イタリア、イギリスなど、諸外国でも、この「画像透視」が事件捜査に用いられる事があります。
ですが、「画像透視」で「未来」は中々観えませんので「犯罪防止」には活用しにくいでしょう。
 海外で、「透視能力者」が行方不明者を捜索したりしていますが、これも100%の確立で「解決」出来る訳ではありません。



②「因果律」が「未来に」密接に関係している。

Aという道筋を進んでいるときBとCという二つの選択肢が出て来た時にBを選択すればDとEという新たな選択肢が発生し、Cを選択すればFとGという選択肢が発生するとします。
Bを選択すればD Eという選択肢が発生しF Gという選択肢は発生しない。このようにある種の「因」を踏みその結果いくつかの「果」が生じまたいくつかの「因」が発生する、また、一つの選択肢を選んだ時点でその他の「因」が消えるというのが「運勢学」上の「因果律」です。

 「未来」が画像透視で観える場合はこの「因果律」の選択時に「高確率」で、ある選択肢を選び、その結果訪れる「未来」をある種の「予言」と言います。

 ですが、いくら「高確率」とはいえ100%ではないので勿論外す時もあります。
しかも、「画像透視」はその原理、原則が不安定なので、個人差が激しい上に観たい時にいつでも発動出来るものではありませんので、扱いが非常に難しいです。

この「因果律」は「過去」「現在」「未来」を紡ぐ役割を担っているので、これからどう「生きる」、どうすれば「開運」出来るのか?をアドバイスする「指南者」は、先ず「現在」を観た上で「未来」を指南しないといけません。


③「運」は「有形」と「無形」がある。

 
 「有形」?「無形」?う~ん、何のことやらとお思いでしょう。

例えば、ある相談者が「金運」を上げるにはどうすればいいでしょう?と言ってきたとします。
 今は、月収18万円、それを30万円にするには?と言ってきました。
30万円の月収を得るため、どう努力すればよいかを指南したとします。

半年後、その相談者がまた、やってきました。あれから、言われた通り色々努力をして何とか月収25万円を得るには至ったんですが、最初の目標月収には5万円足りません。

ですが、ここで相談者はあきらめず、指南者の次なるアドバイスを聞き更なる、努力をして一年後に見事月収30万円を得るようになりました。

初めに月収18万円だったのが25万円になったのは相談者にすでにある程度月収25万円を稼ぎ出す「器」が備わっていたのである程度、短期間で25万円を得る事が出来たんですね。

ですが、30万円を得るにはまだ「器」が不十分だったので、そこに更なる「努力(造化)」と一年という「時間」が必要だったんですね。

このように、「運」とは人間の「器」とある程度比例するものなので、「器」の許容量内の願い、目標などはある定度、簡単、短期間に成就しやすいです。
 ですが「器」の許容量外の願い、目標になってくると先に目標に応じた「器」を作っていく事から始めなくてはなりません、それに伴って「時間」も掛かります。

要するに願いや目標に応じた「器」がすでに備わっている場合は願いや目標が「結果」として現れやすい、つまり「有形」で「結果」が出やすいんですね。
 
 逆に「器」以上の願い、目標を持った場合は、先ずその「器」を大きくする努力から、始めなければいけますんからこの場合「運」は「器」に作用していくんですね。ですから目に見えない「無形」で現れやすいんですね。ようするに「結果」が「有形」で中々現れないんですね。


④「運」には「有限」と「無限」がある。

 「有限な運」とは頂きものです。例えば、両親が築いた財産を子供が相続したとします。
このままでは財産は減っていきます。この段階では「有限」ですね。
 この頂いた「運」を相続した本人が「努力」「活用」などして「生金」にする事によって「無眼」の財産になるわけです。




このように「運」には一定の法則があります。他にも「運の法則」はありますが今回はここまでとして、本題に戻りましょう。
 「予言」と言われる事も実はいくつかの種類に分けられますが、あえて「予言」にこだわる必要はないんですね。
「占い」を用いて「運勢」を観、「指南」をして相談者はその「指南」をもとに「努力」する「真剣」に生きる事によって「未来」を創造し充実した人生を得れるのですから。

「予言」をしようとすれば、するほど「はずれ」ていきますし、仮に「予言」が出来たとしてもそこに「本人」の「努力」「真剣度」がなければ本当の意味での「充実」はないでしょう。
 

「占い」とは相談者にその「空気感」を伝える事によって説得力が生じます。
「予言」は相談者に「空気感」とその「情景」をも加味して伝えるので一見「予言」がすごいと思われるかもしれませんが、やはり人は「未来」を知らないから色んな努力をして苦労をして「未来」を創造して充実した人生を歩もうとするわけです。

 我々、人類は昔から比べたら、はるかに幸せを手に入れやすい時代に生きています。それは我々の先人たちが「未来」を知らないから「より幸せ」に「より恵まれるよう」に「楽しく」「便利」に生きる為に「考え」「悩み」「努力」して来た「結果」です。
 「予言」を完全否定するわけではありませんが「予言」は「占い」の中の「スパイス」的要素くらいにしておくのが良いと思います。まぁ、先ず「予言」はしようとして出来るものではありませんがね。
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