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2014.03.28(Fri):占い
今回も少し「占い」とは主旨が違いますが。お口直しな意味でパワースポットを取り上げてみようかと思います。
 それと、風水、方位学編のコーナーでも伝えきれなかった部分とも重なる所もありますので。

近年、パワースポット巡りが流行っていますね、昨年は出雲大社、伊勢神宮などの遷宮で皆さんも知っていると思います。何もパワースポットは神社に限らず、火山で有名な場所とか、お寺、湖、富士山を代表に有名な山などがあります。
 私が言いたいのは「何を以って」パワースポットなのか?です。
よく、その手のサイトや雑誌、一部メディアでも言われている、パワースポットには「不思議なパワー」があるとか「神聖な場所には霊気、霊力が溢れている」からそのパワーを巡る事によって「良い力」をもらって「運気を上げよう」と、まぁ、簡単に言ったらこのような宣伝、説明、理解をしていると思いますが。
 基本的にそのような現象は起こりません。ただし、確かに場所によっては一時的にせよ「氣」を上げる効果はあります。ですが、すぐにまた上がった「氣」は下がります。ですからあまり意味はありません。

 パワースポットと言われる場所の歴史を調べたり、知識のために勉強がてら、または観光で訪れる事は全然構わないんですが、そのような場所に行ったところであまり「ご利益」は望めないんですね。
 ただ、私の個人的な意見ですが人は「信仰」を持つ方が良いと言う事は言えると思います。ですが「新興宗教」は如何なものかと思いますが。「信仰」とは一人一人、個人個人で行うものであります。何故か?それは「信仰」は集団で行うものではないからです。集団になると、組織化され「しばり」が色々出て来ます。これが本来の「信仰」の形からずれていくので、宗教に入るなら日本の神道とか仏教または、道教、儒教、キリスト教など、古来から連綿と続いているものが良いでしょう。古来から長い時代を超えても存在するものにはちゃんと理由があるからです。
 ですが、このような古から続いている宗教でも最近はその分派を名乗るような悪徳宗教もありますから、気を付けましょうね。ですが、「信仰」の本質の姿は「個」で行うものであるともう一回付け加えておきます。
  
 話が脱線しましたね。「信仰」という意味合いにおいて、パワースポットなどに出向くのは別として。そもそも、「ある場所」に行ってその場所の「氣」をもらって自分の「氣」を高めるという行いは「方位学」に関する事柄です。伊勢神宮、出雲大社の遷宮も方位学の思想からきております。

 ここから前回、風水、方位学のコーナーで伝えきれなかった所に突入しますが。
「方位学」の原理、原則は「易」から来ていることは以前にもお伝えしましたが、この「易」の中に「三才」というものがあります。「三才」とは「天」「地」「人」で、皆さんも言葉くらいは聞いた事があると思います。
 この「三才」を現代の方位学者、風水師達は、もう一つ理解しておりません。
現代方位学は知ってか知らずか「三才」の中でも「地」だけしか取り扱ってないんです。だから発生する「氣」のパワーが弱いんですね。
 それぞれの役割を、簡単に説明しますと。

・「天」=天運を表します。
・「地」=地運を表します。
・「人」=人運を表します・

素人にはこれだけでは、中々どうも、分かりませんね。また、「易」を勉強されている方にはこんなことはもう知っている事ですね。それでは「天運」「地運」「人運」がそれぞれどういったものかは知っているんでしょうか?
 様々な占い師達が色んな考えを言っていますが、どれももう一つ的外れな考え方ばかりです。
其仙流においても、「天運」「地運」「人運」のそれぞれの役割、あり方、立ち位置などは説明出来ますが、それを詳しく述べていたら一冊の本が出来てしまうので、それはいずれの機会にでも・・・。
 簡単に例えると「料理」で説明しましょう。

レストランで貴方はスパゲティを注文しました。そのスパゲティは綺麗なお皿に盛りつけられ目の前に運ばれて来ました。とても、美味しそうです。
 今、まさに貴方が食べようとしている、その「スパゲティ」が「天運」です。そしてそのスパゲティが乗っている「お皿」が「地運」です。そして、そのスパゲティを食べようとしている「貴方自身」が「人運」です。
 
 ここで、ピンと来た人もいるかもしれませんね。何故風水や現代方位学にあまりパワーが無いのか?「地運」は「お皿」ですから、極論、そもそも無くても良いものなんですね。別に紙皿でもアルミホイルでも構わないんですね。
 その、つつかなくてもいい所ばかりを研究している、現代方位学にパワーがなくて当たり前なんです。

人(人運)は食物を摂取しないと生きていけません、そのためにご飯(天運)を食べる訳ですが、その時のお皿(地運)は何でも良い訳です。

 現代の占い師達はまだまだ勉強不足なところを否めません、「天運」は「宿命」だとか「人運」は「人間関係」だとか色々言われる占い師達もいます。あながち全部が間違っている訳でもありませんが「天運」は「宿命」だからもう変えようが無いと言われる占い師もいます、確かに「宿命」は変えようがありませんが「天運」は「宿命」だけを帯びているわけではありません、ちゃんと「人」が「介在」出来るものなんです要するに「天運」は「変えれる部分がある」ものなんです。

 「地運」は「運命」である、などと言われている占い師もいらっしゃいますが、「地運」は「運命」ではありません、以前、別のコーナーでお伝えしましたが、「宿命」には大きく分けて二つに分けれます、一つは「先天的宿命」もう一つは「後天的宿命」です「先天的宿命」とはこの世に生まれ落ちた時に背負うもので、「親」「環境」「家柄」などがそれに当たります。「後天的宿命」とはこの世に生まれ落ちた後に「ある種の因果律」を踏んでしまったのが原因で未来に起こる「宿命」を「運命」と言います。この辺は「運勢学」でもかなり難しい所でもありますから、一般の方々は知らなくても当たり前かもしれませんが、占い師がこれを知らないのはかなり問題だと思いますが。

「人運」も「人間関係」だけではありません、簡潔に言いますと「人運」は「自家発電」ですから「人間力そのもの」または「人格」を言います。「天」「地」「人」がそれぞれこの社会で、現実で、人生でどの位置に、どのような時に、どのような場面で現れるのか、存在するのかをもっと深く理解しないといけませんね。
 

他にも、「三才」に関しては色々な説明が出来ますが、これで少しは理解出来たのではないでしょうか?
 そもそも、「地運」は「天運」と「人運」と比べ全く異なった役割なんです。これも詳しく説明しているとかなりの長文になるので簡単に説明しますが、「地」は受け皿的役割なんです。親子関係で説明すると、父親が天、母親が地、子供が人として、幼いころは母親(地)の教育、愛情などが必要不可欠ですが、やがて社会人(人)になると父親(天)の存在がものをいいます、いきなり立派な社会人(人)になるわけではありませんから、それを父親(天)から学ぶのです。そして子供はやがて立派な大人に成長するのです。
 子供(人)が一度社会に出ると、母親(地)の役割は変わります。子供(人)は失敗を繰り返し時に父親(天)に相談し成長していくわけですが、その時、母親(地)はそっと、さりげなく子供の成長を「見守る」役割に転じていくのです。
 有事の際にはまた、母親(地)の役割も出て来ますが、基本、社会人になると子供(人)は父親(天)の背中を追いかけるものです。
 つまり、およそ人が「生きていく」のに必要なものは「天」「人」なんですね、さらに厳密に言いますと「人」が最も大切なんです。「地」はそこに「有れば良い」ものなんです。確かに無くては色々不都合もありますが、基本的にそれ以上どうしようもないものをいくら一生懸命に改良、改善しようとしても、ほとんど効果は上がりません。
 ですが、中にこのような事を言う方もいらっしゃいます。「風水で出世が出来ました」とか「風水で会社が軌道に乗りました」とかいわゆる「成功例」ですね。
 これは簡単な話です。先に述べましたが「三才」で最も大切なのは「人」であると、このような成功者は知らず知らずのうちに「人」のパワーを上げていたからです。
 成功したのも風水と基本、関係ないんです。それに風水や現代方位学の言う成功例は「すでに成功している人」を対象にしている「節」があります。風水や現代方位学にその「本質」「威力」「効果」があるなら、例えば就職難で困っている大学生たちを「開運」に導いてからそのような事を言っていただきたいです。

 結局、説明が長くなりましたが、パワースポットと言われる場所は「三才」で言うところの「地」にあたるので、皆さんが思われているほどの効果はないんですね。
 ですが、そのような場所で「心の静養」を取る事は大変、有意義だと思います。だからと言って、あまり「オカルト」「神秘」に過ぎると「本質」からずれていくので、気を付けましょうね。
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