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2014.03.15(Sat):占い
今回のテーマは手相、人相学です。元々手相、人相学は観相学と言う一つの学問の中に修められていた学問で後にそれぞれが独立した流れを持ちました。観相学は実は東洋だけではなく、実は西洋にも観相学はあるんですね。
ですが、東洋の観相学は観相の中に「運勢」を捉えているのにたいして西洋の観相学は観相の中に「心理学」を捉えていて、それぞれの観相学は基本的に全く違うものと言っても過言ではないようです。
 歴史は大変古く約4000年以上前から中国では盛んに観相学の研究がされていました。現代でも多くの占い師が観相を行っていますし、また相談者も人相、手相は聞いた事が普通にあると思います。
 其仙流でも麻衣相法と言う大変歴史のある観相術を継承しております。

今回は現代の手相、人相、観相のどこが間違いなのか?を述べたいと思っています。
 人相、手相、観相は今やとてもすごい数の方法論、占法がありますので、歴史や各流派、占法のあれこれは、またの機会にさせて頂きますね。
 
と言うわけで本題に入ります。
 ここで其仙流から言わせていただきます。「運勢」を観れる占法は実は基本的に運勢の観れる「透視能力」か「観相」しかないんですね。
 その他の占法、例えば四柱推命、算命学、九星術、易、などなど他にも色々ありますが、これらの占法は直接「運勢」を観ている訳ではありません、あくまで計算、統計、見立てなどで「運勢」を「測っている」に過ぎません。
 
 この「運勢」を「直接観る」という行いは大変占い師にとって(特に指南者にとって)重要なんです。
「運勢」を直接見ない事にはその流れや機微が判断つきません、つまり細かいアドバイス(指南)が出来ないんですね。
 観相学はそれほど極めればすごい威力があります。

 ですが、現代の手相、人相を行っている占い師は観相学の根本をもう一つ理解しておられないようです。
以下の点が現代の観相学者の問題点です。

①顔の部位(目、鼻、口など)ばかりを見ている。
②手のしわばかり見ている。
③悪い箇所ばかり見て良い所を見ていない。
④結果、分析に終わっている。

などなど、上げればまだまだありますが、この4つがまず現代の観相学者の問題点です。
①と②は顔と手の違いだけで基本的には同じ事を言っています、どういう事かと言いますと、皆さん驚くかと思いますが
 顔の部位や手のしわをいくら見つめても相談者の「運勢」など観えないんですね。
良くて状況分析しか出来ません。ある程度は当たりますがこれから先の「未来」の事になると、どこか漠然とした言い方になる占い師によくある傾向です。
 ④に関係しては見える部分をどんなに見ても「過去の事か現在の事しか」基本見えないんです。
結果、分析に終わる観相になるわけですね。
 あと、③ですがこれは観相に限らずその他の占いでもよくある事です。人は普段の時でも良い所より悪い所が目立ちますから、これは占いでも同じことが言えます。
 ですが、悪い所も指南しつつ、また良い所も言わないといけません。

以上が現代の観相学者(人相観、手相観)の方々のもう一つ観相学を理解していない所、実戦では役に立たない理由です。
 では、どうすれば良いのでしょうか?
それには、まず観相の基本の「原理、原則」を深く理解をしないといけません。

先にも述べましたが、観相学はおよそ4200年前の古から研究されています。その4200年の歴史の中で大きく分けると「観相」をもって人を「観る」見方が二つに分かれます。それは「静的」見方か「動的」見方の二つになります。
 これは、「観相学者」(人相観、手相観)に限らず、占い師全般、相談者の多くがもう一つ深く理解されてないところでもありますが、「占い」とは「静的」に観るか「動的」に観るかが、先ず何よりも「肝心」です。

 「占い」を行うとは「運勢」を観る事です、「運勢」とは「運」の流れ、変化であります。つまり「運勢」は「動いている」ものなんですね。

 手相においても人相においても各、部位や手のしわをいくら見つめてもこれからどう動くか分からない運勢は観えないんです。ではどうしたら「観相学」で「未来」が観えるのか?それは色々な古書に載っていますが、「氣色」「血色」「神氣」を観る事です。それも「動的」に観ないといけません、「氣色」「血色」などの中に「動き」を捉えないといけません。ここが現代の観相学者のもう一つ観相学を理解してないところです。

 現代の手相観、人相観の方々は部位やしわ等、目でしっかりと認識出来るものだけで「運勢」を捉えようとしていますが、それは前提から間違っているんですね。確かに部位、しわ等、目で認識出来るもので「運勢」を判断してそれが結果「当たる」事もありますが、相談者のこれからどうすれば良いかの「未来」を観るのは出来る時と出来ない時とあり非常に曖昧になりやすいんです。


 また、「氣色」「血色」「神氣」の見方が各流派、占い師によって様々言われています。例えば「神氣」にしてみれば夕日を背にして立ち背中から湯気のようなものが立ち昇るものだとか、頭から立ち昇るものだとか、色々言われていますが、そんな見え方は決してしませんので、もしそんな事を言っている占い師がいたらそれはマユツバな占い師です。
 
 後、皆さんあまり聞いた事が無いかもしれませんが、人相法の一つに「画相」という占法があります。日本の歴史上この「画相」で有名な占い師と言ったら江戸時代の水野南北先生でしょう。
 この「画相」は顔の中に人の姿や家、家族、職場等々、顔の中にその人の環境や状況が「氣色」で映し出されると言った人相法です。ですがこの「画相」はまさに「静的」見方の代表で中々「未来」は観えません。

 歴史の長い「観相学」ですが中々現代は間違った認識、やり方が蔓延してます。大体、「目」の相だけで一冊の本が出来るくらいです。それを全ての部位の見方を覚えないといけないんでしょうか?
 それは違います、先ほども述べましたが「運勢」とは「動いている」ものですから「動的」に「氣色」「血色」「神氣」を捉えたら良いのです。

 古の賢人は古書にこう書かれています。「観相とは氣色、血色に始まり氣色、血色に終わる」と。

観相学は非常に歴史が深く、とても今回で全てを言い尽くした訳ではありませんが、「人」をまさに「観る」占いですから観相を行うは非常に難しいものです。何より先ず己の人間性が出来てないといけません。ですが本当に本物を体得したものは「即神即相」といってまさに「黙って座ればぴたりと当たる」の神業を身に付ける事も出来ます。

「麻衣相法」の創始者、麻衣仙人の著書「麻衣相法」にも書かれています、人を相する時はなにより「感じ」が大事なのだと。そして、観相学も実は「陰陽論」が元になっています。「陰陽論」とは「陰陽交わって萬物生ずる」です。つまり「運」も陰陽交わる(動く)事によって変化するのです。
 ですから、観相も「氣色」「血色」「神氣」を観、その中に「運勢」の「動き」を捉えるのです。


それと最後に、少し余談ですが。先に述べました「麻衣相法」はまだまだ日本でも一般的に認知されていませんが、観相の大家みたいな方です。日本でも知っている人は知っています。ですがこの「麻衣相法」を全て理解するに現代の観相学者は「神相全編」という書物を元に理解、解釈しておりますが、「神相全編」は麻衣仙人の弟子の陳希夷(ちんきい)という別の仙人が残されたもので、「麻衣相法」のとても大事な部分は載っておりません。「麻衣相法」を説いている「古書」は全部で三つ、一番新しいのが「神相全編」次に「神異賦」そして一番古いのが「麻衣相法」です。(ちなみに、麻衣相法という著書の中に神異賦という章があり、後の方たちがその神異賦の章を抜き出し神異賦という書物が出来ました。要するに神異賦は初めから一冊の書物ではなく、麻衣相法という書物の中の一章にすぎないんですね。)「神異賦」は麻衣仙人と希夷仙人が共作したもので「麻衣相法」は麻衣仙人本人だけが携わり書き上げたもので、「麻衣相法」の真髄を会得したければ「神異賦」と「麻衣相法」を読まないと全貌を理解出来ません。日本でも沢山の占い師達や学者、研究者が「古書」を元にそれを解読し「運勢学」を研究されていますが、多くの「古書」にも「偽書」や「原則、原理」を間違って理解し載せている「古書」も沢山あります。その中から「本物」を見つけるのは中々難しいでしょう。
 実はほとんどの「本物」の「古書」には「隠し言葉」が存在します。これは本当に伝えたい事をあえてハッキリと書かず文書の中に見え隠れする作者の真意、意図する所を察知しないといけません。
 ですからどんなに「古書」の文献などをスラスラ読めてもその「隠し言葉」を知らないと正しく理解は出来ないんですね。その「隠し言葉」が「神相全編」には丸々抜けています。「古書」を読み解くには知識だけでなく正しい読み方があるんですね。
 
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