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2014.02.12(Wed):占い
前回は「九星気学」をお題に出させていただきました。もしこのブログをお読みになられた方々の中に「九星気学鑑定士」の方がいましたら、その個々の「九星気学鑑定士」の方々の人格を非難するものでないことを申し付け加えておきます。これはなにも「九星気学鑑定士」に限らず、その他の占い師にも同じことをお断りしておきます。我々が言いたいのはこの優れた「運勢学」がこのまま行くと遠くない将来無くなるか、遊びの延長になってしまう可能性が非常にあるのでそれに歯止めをかけたい事を、切に願い行動しているのです。
 
 それと、腕の無い占い師、心無い占い師の言う事に人生を振り回され一家離散、自殺、倒産などに追い込まれた人たちを私は今まで多く見てきました。このような被害者を出来るだけ出したくない気持ちもあり、この業界に一石を投じたいのです。
 もちろん私の言う事を信じるか信じないか、共感するかしないかは皆さんの判断に委ねます。

と言うわけで次のお題は「姓名判断」です。「姓名判断」も日本の方々には聞きなれた占いではないでしょうか?
 ですが、この「姓名判断」も実は非常に曖昧なものなんです。「姓名判断」は中国が発祥と思っている方も大変多いのではないでしょうか? 
 実は「姓名判断」は日本産なんですね、歴史はそれほど深くはなく「姓名判断」として形を成したのは大体、大正時代です、大正時代以前、江戸時代に屋号を吉凶をもとに決めたり人の名前を決めたりするお仕事は存在してはいたんですが(すいません、職業名が分かりませんでした)、この時点ではまだ「姓名判断」としては形が出来ていませんでした。せいぜい庶民の縁起担ぎまたは中流武士、旗本などの縁起もの扱いでした。それが明治、大正時代、文明開化が進むにつれ国が国民の戸籍を管理する事が徐々に浸透し始めたところ、先ほど述べました屋号や縁起担ぎで人名を改名する仕事をしていた方々が「罪人」たちがその過去を隠すためまたは逃亡するための改名もしていた事が発覚、廃業命令が出される寸前で、これは人の運命を左右する占いだと言って難を逃れ後に「姓名判断」としてその形を成していったのです。

 このように「姓名判断」は非常に曖昧なものであると言わざるを得ません。だからと言って適当に人名を付けたり屋号、会社名を決めるのは如何なものとは思います。ちゃんと気持ちを込めて名前を決める事は大変良い事です。ですが画数にこだわり過ぎたり陰陽のバランスがどうとかは全く意味がありません。画数が非常に悪い人でも「開運」されている方は大勢います。逆に画数が大変良い人でもうだつの上がらない方もいます。

それと、補足ですが「姓名判断」が中国が発祥であると主張されている方の中に「姓名判断」が陰陽論または陰陽五行論がその元になっているからだとしていますが、それも誤りです先にも述べましたが「姓名判断」はその成り立ちの経緯は廃業から逃れる為のつまりは「言い訳」です、この時点では陰陽論や陰陽五行論とは全くの無縁のもの同士です、「姓名判断」と「陰陽五行論」に歴史的接点はないのです。これは「姓名判断鑑定士」が後に取って付けた理論です。

台湾、中国などでは確かに「姓名判断」が存在はしています。ですが、私、ミズハも全てを理解して調べた訳ではありませんが、海外版「姓名判断」はその歴史的根拠が中々出て来ないんですね。中国、四千年、五千年の歴史の中で「姓名判断」のような占法が生まれても、確かに不思議ではないんですが、私、ミズハの個人的、私見も合わせて述べさせて頂きますと、現在の台湾、中国の「姓名判断」は恐らく、その一部は日本からの輸入ではないかと思われます。それが、あたかも悠久の歴史を紡いで現代の姓名判断に至るような解釈が一般的にされていますが、どうも、すんなりとはそう思えないんですね。

厳密に言うとですね。
「日本式姓名判断」の創始者は一般的に熊崎健翁先生と言われています。熊崎先生は1928年(昭和3年)に総合運命鑑定所である、「五聖閣」を東京の大森に設立。易学の理論を元に、姓名によって吉凶を判断する「熊崎式姓名学」を考案、1929年(昭和4年)に月刊雑誌「主婦之友」において発表する。

 私が、先に述べた江戸時代から続く屋号を吉凶をもとに付けたり、縁起担ぎの「改名屋」と、この「熊崎式姓名学」は全くの別物です。それが1929年以降いつの間にやら、同一視され現代に至ります。

 これが、先ず発端です。つまり厳密に言いますと、現代姓名判断のルーツは「熊崎式姓名学」から来ております。
それが、1928年以前の「改名屋」が行っていた改名と混同視され日本においては姓名判断の歴史は江戸時代以前からあるという考えが誤って伝播したものではないかと思うのです。
 更に、詳しく調べる必要はありますが、熊崎先生が易学を元に姓名学を考案したのは事実だと思いますが、それを以って姓名学のルーツは易の発祥と同じだから姓名判断のルーツは古代中国であり、故にその歴史も四千年、五千年だ!と言うのは無理筋があるのではないでしょうか?

 それと、姓名判断の発祥が中国であると主張される方達はその根拠を示しません。恐らく、歴史上最も古い運勢学は易学と思われますが、その歴史は四千年、五千年です。しかも、その間接的証拠、根拠も多数、存在しますが、こと「姓名判断」においてはその間接的証拠、根拠が出て来ません。ですから、恐らくは、「それらしい」物はあったかもしれませんが、それが後の日本版姓名判断の輸入によって、融合したものではないかと思われます。
 
 熊崎先生も姓名学の原型、源流は古代中国にあるというような事を言ったもしくは記載した書物などの事実がありません。

 これらの事を踏まえ、私、ミズハは「姓名判断」は日本産であると、思うんですね。更なる調査は必要であるとは申し付け加えておきますが。
 事実、中国のどの古書を見ても「姓名学」の言葉が見当たらないので・・・。

姓名判断に限りませんが、誤った歴史認識もしくは故意に歴史を改ざんする行為は、必要以上にその占法の説得力を増すことに繋がり、「安易に安上がりな占い師」を大量生産する切っ掛けにもなり大変、危険です。

 各、占い師、流派の方々は歴史認識の誤りが大変、実は危険であるという事を肝に持つべきだと思ます。
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