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2014.08.29(Fri):占い
特にここ10年ほどでしょうか「開運商法」の言葉をよく耳にします。

・この護符を貼れば災厄から守ってくれる。
・この水を飲めば健康になる。
・この水晶を玄関に置けば家が繁栄する。
・このブレスレットを身に付ければ幸運が訪れる。
 
 などなど、例を上げればキリがありません。

またこのような状況に、由緒正しい寺院、神社なども故意、図らずとも関与している例もあり、非常に嘆かわしい事極まりない事です。
お金儲けがいけない 商売がいけないとは言いません。我々、占い師も自社仏閣もお金が無ければ生きてはいけませんから。
ですが、要は「縁起物」ですから過度な宣伝、不適切な価格は”わきまえ”が必要でしょう。

中には一時的にせよちゃんと効果のある物もあるようです。斯く云う我々、和泉堂、水鏡庵も「開運商品」がございます、
和気修方という方位取りですが、我々は効果に納得出来かねる場合は「返金」するようにしておりますので。

このような”わきまえ”無き行為が何故行われるのか?購入者の過ぎる興味本位や間違った認識が広がり過ぎている事も一因でしょう。ですが、最大の原因は占い師、祈祷師、霊能者側のモラルの低下です。
 人間性があまりにも低いのです。これはもう、初めからこのような業界でお仕事をする前提が間違っておるような方達だと思います。
 確かに中には開運商品に効果があり、価格も適正である物もあります。ですが往々にしてそれらは科学的実証が出来ないものがほとんどです。
 だからこそ、「売る側のモラル」が求められるのです。

これは、何も開運商品だけに限った事ではありません、運勢鑑定の内容や価格、宣伝の仕方、また、電話占い、雑誌の内容も、その内容にモラルの低下が多く見受けられます。

また、これらを真に受ける購入者にも問題はあるのは事実です。
 
何度も申しておりますが、開運とは人間的成長がその中に多分に求められます。成長無き開運は一時的です。
 ここを、昨今の購入者は勘違いをしておるように思われます。
自らが、時として悩み、のた打ち回り、泥水をすすり、努力してやっと突破口が開くのです。それを、何か天から降って来る奇跡みたいな認識で開運を捉えております。
 これは大きな過ちです、開運商品を売る業者も購入者ももう少し開運とは?を考える必要があるでしょう。

運は絶対的に存在します、また人は運が絶対的に必要です。ですから開運も絶対します。そこに、正しいモラルと高い人間性をそして努力があれば・・・。


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開運コンサルタント水鏡庵 電話番号 088-855-6921 
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2014.08.22(Fri):占い
いや~夏も後半になって来たとは言え、毎日暑いですね。また、この夏は非常に雨に悩まされる夏でもありますね。水害には皆さん気を付けましょうね。
また、この雨の被害に伴い雷の被害も軽視出来ないようですね 今回はこの雷の原理と実は運勢の原理がほぼ同じ原理
であると言う衝撃な内容です。

はい、今回は「運勢の原理」です。今までこのブログでも「運勢の法則」は何回も述べて来ましたが、その法則を生み出す原理を説明して来ませんでした。
 この原理を理解すると未来は決まっていない事も理解出来ますし、運勢は霊感やオカルトでもない事が少しは分かって来ると思います。また、現代の人相家の多くが気色の観方が間違っており未来(陽法)ではなく過去(陰法)を観ている根拠にもなり、更に画像透視では未来が非常に観えずらく無相が未来を観る事に特化している根拠にもなっております。


 運、運勢などは目に観えるものではありませんね。運勢は決して視覚的に捉える事が出来ないものである事は皆さんちょっと考えたら簡単に分かりますよね?
 では我々、指南者や占い師はどうやって運勢を捉えているのでしょうか?以下のように大きく分けて整理してみました。

①運勢を直接観ない方法
 これは、姓名判断、四柱推命、算命学、紫微斗数、気学、占星術、タロット、などがありますね
 要するに運勢そのものを観ないで運勢をある意味で数値化、象意化(つまり、見立て)する事によってその大体の「傾向」を割り出す方法です。
  この方法では一人一人の運勢の「機微」が分かりませんのであくまで傾向を知る手がかりとなります。

②運勢を直接観る方法
 これは、画像透視、無相、観相、直観、以上四つです。以前にも述べましたが直接運勢を観るには現存この四つしかありません、しかも運の流れ(運勢)を観る事が出来るのは無相、観相のみであろうと思います。また、過去を観ようが現在を観ようが未来を観ようが、場合によってはかなり具体的に観えたり人の気持ちも観える事もあり、非常に運勢の機微を観る事に秀でております。
 ですが、この方法は人間の特殊能力ですから、しっかりと体得するにはそれなりの下済みと修業が必要になります。


以上が我々、指南者、占い師達がどのように運勢を計り、観ているかです。
 ①直接運勢を観ない方法は今回は横に置くとして、今回は②の運勢を直接観る方法を詳しく述べていきたいと思います。

運勢と言っても「過去、現在、未来」とあるわけです。このブログでも何度か言って来ましたが、現在多くの占い師達が図らずとも過去を良くて現在を観ているわけです。これは未来を観えていないもしくは観ていると思い込んでいるのです。

過去というのは確かに有った現実です。未来はまだ何も現実化されていません。現在は過去から未来への過程として存在しています。

 過去(陰)×現在(陽)=未来(萬物)となるわけです。

過去は確かに有りましたが、もう終わってしまった事です、未来は未だ決まっておりませんから
要するに現在どうするかによって未来が変わり、また創造することが出来るのです。

この理論を「光化論」と言います。
この光化論は雷の現象で説明できます。

雷と言う現象は光がピカッと光りその後、ゴロゴロドッカーンっと音が鳴り響きますね。「光の速度は音を超えます」よね。
つまり、ピカッと光ったらそれはもうどこかに、雷が落ちているのです。これは誰でも分かる事ですよね?
 現代占い師はこの雷の「音」を未来と思っているのです、ですがそれはすでに終わった事で未来はピカッと光った「光」なんですね。この光は運勢でいうとかなり微かなもので、すでに人相や気色に現るという事は過ぎ去った過去の出来事なんですね。当流は、観相(麻衣相法)に於いては「観つめれば観つめるほど、観えなくなる」を継承しておるわけです。つまり「瞬間を捉えよ」と言う事なんですね、雷の光は一瞬ですから観つめているとすでに遅れているのです。
 ですから、未来の運勢を観て開運の道筋を示すにはわずかな、微かな光を追いかけて観て行くしかないんですね。しかも瞬間瞬間を能く捉えないといけないわけです。

知っている方も多いとは思いますが人間の「目」も実はコンマ何秒の過去を網膜に写しているわけです。


雷1

                           

また、画像透視は雷現象で云う所の「音」を透視でこれまた観ようとしておるわけですから結果、自然と過去を観る事になるわけです。未来は「形」に成っていませんから、光の状態なんです、未来を観るにはこの光を観て、追いかける事によってのみしか判断出来ません。
 人相で言う所の気色も画像透視と同じで「色」が付いている時点で過去なんです、良くて現在の事柄なんですね。



以上が運勢の原理です。中々すぐ理解するのは難しいとは思いますが、我々、無相使いの無相はこの原理をそのまま使っておるので未来に特化、つまりは開運に特化するのです。
 このように、運勢にもちゃんと「原理原則」があり、オカルトや霊感の全てを否定するわけではありませんが、必要以上に運勢学に用いるのは間違いです。
 また、長年占い師も間違った方法で、解釈、理解で来たために占い業界が現在、混乱を来たしておるわけです。

正しい原理、原則を理解し、可能な限り不純物的な考えを排除し高い人間性を目指さないと「本物の指南者」にはなれないでしょう。また、相談者のお役に立つと言う精神がしっかりと根本にないといつの間にか「占い師の為の占い」「占いの為の占い」に成り下がるでしょう。この事を占い師、指南者一人一人が肝に命じ直さないといけない時に来たように思います・・・・。


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自然1

2014.08.05(Tue):占い
もうすっかり真夏ですね、夏と言えば毎年恒例の肝試し、お化け屋敷などですね。
 今回は「霊」を取り上げてみようと思います。中々、皆さん霊をうまく説明できないのではないでしょうか?また、うまく理解していないのではないでしょうか?
そこにつけ込み霊感占い師などが適当な事を言っているような状況もあります。
 
 このブログでも何回かお伝えしましたが、霊なる存在は基本的に人の運勢と因果関係はありません、これが大前提です。
つまり、自分の先祖が浮かばれていないから不幸が続くとか、不運が続くのは生霊が憑りついているからとかは真っ赤な嘘です。ただ、何事にも「例外」はある事は付け加えておきますがその例外が日常茶飯事になっているのが今の現状ですね。

 この「霊」を理解するのは運勢学と同じで大変、多角的理解を求められます。しかも複雑な部分もあり我々、其仙流も全てを理解しているわけではありません。この事をご了承下さい。これから述べる事は其仙流に於いて恐らく真実はこうであろうという部分です、最終的結論というわけではない事をご理解下さい。

先ず、霊を述べる上で包括的説明をしていく事になりますが「人」は三つの体から構成されています。一つは「肉体」ですね。これは皆さん簡単に理解できると思います。
 次に、「幽体」ですね。そして次に「霊体」です。


この肉体、幽体、霊体のそれぞれを説明しないと霊を正しく理解出来ないと思います。

①肉体=肉体の役割は幽体、霊体の器です。要するにこの世に「人としての存在を維持する」には霊体と幽体が分離している状態では無理なんですね(基本的に)ですから肉体という入れ物に入れて幽体と霊体をうまく、綺麗に融合させているわけです。

②幽体=幽体の役割は人としての下地です。具体的に説明すると、幽体は人の「本能」を司ります。この部分は後で説明する幽霊と深い関わりがあるので、その時に詳しく説明します。

③霊体=霊体の役割は人の「理性」を司ります。また、未知数の領域でもあり、例えば「知性」「思考」などの「根本」も霊体が司っているのではないかと思われます。


以上が肉体、幽体、霊体の簡単な説明です。
 ここで、意外かと思われるかもしれませんが、易の三才、つまり「天、地、人」とこの肉体、幽体、霊体は関連付けして説明が出来ます。
 どういう事かと言いますと以下の通りになります。

・天=霊体
・地=幽体
・人=肉体

 という事になります。また面白い事に以下のような事もあります。

・天=哺乳類
・地=爬虫類

となります。中々、面白いと思いませんか?何が面白いかと言いますと、爬虫類は=地ですから、爬虫類には霊体が無いという事になります。哺乳類は基本的に易で云う所の三才では天に属するもので爬虫類は地に属するものなんですね。

はい、ここからは更に詳しく説明していきます。
俗に言われる霊と言っても色々あると思います、それらをざっと上げてみましょう。
①生霊
②動物霊
③地縛霊
④悪霊、怨霊


大体、これ位でしょうか、これらはいわゆる「幽霊」と言われるものですね。これらを説明していきましょう。

①生霊=ここ10年ほどこの生霊という言葉が出て来ましたね。それ以前にも生霊という言葉はあったんですが現在ほど一般的ではありませんでした。一般的に知られている生霊とは生きている人の思いが念となって恨んでいる相手を呪ったりするというのが皆さんの理解だと思ます。
 が、全くとは言いませんが間違っております。生霊に関わらず人はある意味で常時、念を出しております。ですがその作用はあまりに微弱なものでとても、人を呪ったり出来るものではありません。呪う事に特化した呪い師や祈祷師などが修業などをしその微弱な念を強固なものにして初めて人を呪う事が出来るので、一般の方達がそうそう、ポンポンと生霊を出せるわけはないんですね。ですから、実害が出るほどの生霊はほとんど存在しません。

②動物霊=動物霊も種々、様々ありますが、一例を上げますとたまに、飼い主が亡くなったペットの気持ちを教えてほしいと相談して来るケースがあります。この場合、亡くなったペットの気持ちが観えて来る場合とほぼ観えない場合がありますこれはどうしてこのような事になるのかと言いますと、ペットの多くは犬や猫、鳥などがほとんどなんですが、どれも哺乳類ですね、前述しました通り哺乳類は三才で云うところの天です、ここで天=哺乳類と地=爬虫類との違いを説明しましょう。
簡単簡潔に言いますと。

天=哺乳類=心を有している。
地=爬虫類=心を有していない、もしくはそれに近い状態。

と、いう事になります。そして、心を有している存在が霊になりやすいものになります。
 それでも、簡単に犬や猫が霊になり生前の思いを飼い主に伝えたりなどは中々ありません。
何故かと言いますと心にも本能に近い単純な気持ちと理性に近い複雑でそれでいて上質な気持ちとがあるからです。飼い主が本当に家族のように接し愛すれば場合によってはペットにも感謝やお礼の気持ちを飼い主に伝えたいと言う気持ちが現れる場合もあり、ただのペット扱いをすれば中々その心が発達しないので結果、野生で生きるよりはマシといった程度の食事の世話をしてくれるだけの存在と飼い主を思いますから、特別な感情は生まれにくいでしょう。これが、亡くなったペットの気持ちが観えにくい理由と観える理由です。
 基本的に哺乳類とはいえ人間以外の動物は心がそんなに成長しておりませんので、中々その感情は観えにくいものです何とか観えても一部分的になりやすいものです、それが単なるペット扱いしていたのならば尚更です。

③地縛霊=地縛霊は亡くなった霊がある特別な場所に思いが残りそこに止まり続けるとか交通事故などで自分が亡くなった事を受け入れられずその場に止まったりしているというような理解を皆さんしていると思いますが、このような事は中々ありません、全くない訳ではありませんが基本的に一時的です。亡くなった時から期間がそれほど立っていない時はこのような事もまま有り得ますが長期に渡りこのような現象があるのは先ず考えにくいです。
 あるとすればそれは霊ではなく幽です。つまり幽体がこのようなある一定期間を過ぎても特定の場所に止まり続ける事は有り得ますがそれも時間経過と共に霧散していくものなので、何年、場合によっては何十年も止まるような事は先ずありえません。

④悪霊、怨霊=これは生前ある特定の人物などにとても強い恨みを残しこの世を去った霊が祟りを起こしたりする霊と皆さん理解していると思ます。
 これは前述の地縛霊と同じで基本的にはその正体は幽体です、ですからある一定期間経てば霧散しますが、極稀に霊体がこのような事を起こす事も確かにありますが、現代ではほとんどそのような事はありません。
 それは何故か?現代人は昔の人より心が進化しているからです。人はどのような形で死を迎えようが生前の恨みがあろうが、幸福感があろうが、一度死を迎えると「無」の状態を踏みます(これはこのブログの前世編でも説明しましたが)無になるとは生前の何もかもから解き放たれる事を意味します。これは、特に霊、つまり霊魂を指します。
 肉体は現代に於いては主に火葬しますね、人は死を迎えるとその霊魂は解放の段階を踏み、幽体は肉体に残ります(あくまで基本的に)その肉体を火葬する時に幽体も一緒に燃えてなくなります。

 一部の人間だけが心や思考が洗練されていた昔の時代と違い現代はほとんどの人間が心や思考が昔の人間と比べ飛躍的に進化しておりますから、現代人の底力とでも言いましょうか、その根底には平和と和を尊び道徳の何たるかが昔の人と比べて進化しておる以上悪霊、怨霊の類は生まれにくいものでしょう。


以上が概ね一般的に言われる霊の説明です。

ここでハッキリさせたい事があります。それは

霊=基本的に哺乳類である。さらに心を持った存在が霊になりやすい(なるとすれば)ですから俗に言われる霊はそのほとんどが生前は人がほとんどという事です。人以外の哺乳類、犬や猫などは心が知的に成長しているかどうかで変わります。

はい、ここからが我々、其仙流のもっとも言いたいところですが。
前述の話を踏まえ説明しますと、俗に言われている霊は実は霊体ではなくそのほとんどが幽体であるということです。幽体は三才で云う所の地ですから本能を主に司ります、ですから地縛霊、悪霊、怨霊が生前の思いを以って何かを成そうとはしていないという事です。心、思考、理性などは三才で云うところの天が司りますから、それは霊体に備わっているので幽体が生前の本人の意思を以って恨みを晴らしたり、祟りを起こすような事は先ず有り得ません。心が発達している現代人はなら尚更です。

 それともう一つ大事な事があります。多くの霊能者や祈祷師、または霊感占い師があなたの後ろに霊がいますとか言っておりますが。その99%は嘘です。何故かと言いますと霊なる存在は向こうから発信でしか姿を現さないからです。
 先に何度か述べましたが、霊体は理性、心、思考などを司りますから、何か伝えたい事があればハッキリと伝えたい相手に伝えますただし、基本的に声は出せませんので多くは身振り手振りで伝えたり、場合によっては文字などにしてその伝えたい意志を表現します。

 決して、生きている我々の側から霊を観たりは出来ないのが大原則です。仮にそのような存在を観たならばそれは幽体と云う事に多くはなります、ですが幽体は先に説明したとおり生前の原始的な本能ですからさほど怖がらなくても大丈夫ですし、基本的にそのほとんどは火葬の段階で燃えて霧散します。



ちゃんと修業されてまじめに勉強をされている神社の宮司やお寺の住職さん達ですら説明の難しい霊の事です、一般の普通の方々があれこれ思うのは構いませんが、霊感占い師や霊能者の多くは大山鳴動して何も無しがそのほとんどですから、決して惑わされず。

霊は優しい存在ですから怖がる対象では決してありません。ましてや生きている人間の運勢に強く関与などしないのです。
 

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