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2014.07.26(Sat):占い
前回は、昨今の相談者の質問の仕方にそもそも、初めから無理筋がある尋ね方、という事でした。「自分が今から聞く事は遊びなのか?具体性を欠いているのか?問題と向き合っていないのか?」このような事をあまり考えず我々指南者に尋ねられても相談者の心に響く答えは中々出せないというわけです。
 
 勿論、それでも何とか相談者の心に響くよう、届くよう心掛けなくてはいけません、が同時にこれは大変な問題をも含んでいます。何度かこのブログでもお伝えしているように現代人の多くがある種の「思考停止」な状態であると言って来ております。考えているようで考えていない、感じているようで感じていない、受け止めているようで受け止めていない。このような「疑似思考」の状態に多くの方々が陥っています。これを含め我々は「思考停止状態」だと言って来ておるわけです。

この原因は様々ありますが、一言で言いますとこれも何度も申しておりますが、「平和ボケ」なんですね。
 平和過ぎていつの間にか、考える習慣、察する習慣、思いを馳せる習慣から遠ざかっているのがその原因です。
このような状態で占いや指南を行う行為がどれほど我々、指南者にとって難しい事かは勿論分かりにくいとは思いますが、少なくともそのような方達は中々、「開運」」と「成長」は難しいと言わざるを得ません。

相談者の方達の中には「真剣に悩んでいるんです!」「本当に困っているんです」「何とか助けて下さい」などの言葉を聞く事もあります。ですが疑似思考に陥っている相談者に、では貴方が私に聞きたい事を箇条書きでいいですから文章にしてみて下さいと言いますと、途端にペンが止まります。
 実は、問題と向き合っていないんですね。これでは我々指南者が何を言おうとも心に響くわけはありません。

占いは万能ではありませんし、神のお告げでもありません。相談者が相談者自身の問題と真剣に向き合わないのにどうやって指南者はアドバイスを述べればよろしいのでしょうか?
 それには、相談者の「真剣度」が必要不可欠なんです。
例え、問題を自分の頭でまとめれなくても何とか言葉にし思いを我々指南者にぶつけて頂けると我々も何とかそれにお答え出来ます。

悩み、問題、トラブル、幸不幸、などは、ちゃんとその動機を考えなくてはいけません。
 どうして自分がこのような目に合うのか、原因は自分なのか?相手なのか?それとも複数の原因があるのか?または、どうして自分はこんなに幸せなのか?親のお蔭なのか?自分の努力の賜物なのか?一つの可能性が出てきたらそれを深く考察し、二つの可能性が出てきたら同じように深くその動機を考察する。
 ある程度、考察をし終えたら後は行動に移すのみです。その行動の過程でまた色々な気付きがあるはずです。そしてまた考察の繰り返しです。

 これを「事上磨錬」と言います。実際の行動をしながら身を以って覚え悟っていく事です。

また、相談者の中には私のアドバイスを聞いた上でそんな事は出来ん!私は私の考えが世界で一番正しいと思っているから!と、何故占い師の元に相談しに来たのか???だらけの相談者が稀に来られます。
 貴方には、経営者として哲学がもう少し足らないので哲学を少しでもいいから深くお勉強されてはどうでしょうか、とアドバイスをしたら、私は世界で一番私が大好きなんです哲学なんていりません!では貴方の運もこのまま衰退でしょうな。

 相談者の全員ではないですが、このような相談者もいます。問題、トラブル、不幸などの原因が自分自身にあると思っていないケースです。現代人の多くが問題の原因を外に求めます、ですが実は問題の原因は自分の内に存在するとは思っていないようで、それを指摘すると上記のような事になります。このような相談者は質問の仕方以前の問題で、謙虚さが必要でしょう。自分ともっと向き合う事が必要でしょう。そして素直さが必要でしょう。


指南とはその答えの中に「学び」があるかどうかなんです上記の様な方は「学ぶ姿勢を学ぶ」事から始めなくてはいけません。
 この、学ぶ姿勢はとても大切な事で現代人の多くが見失っているものです。
学びとは自らが先生や師又は上司、先輩、親、友人から教わるものですが、教えてもらうという表現とは少し違います、「教えてもらうではなく自らが教え乞う」事です。
 「自らが教え乞う」という事の中に、謙虚さや素直さ、そして考える力や感じる力などが含まれています。また、学びの中に迷い、疑問、そして次を知りたくなる好奇心などがいつの間にか「人間力」を養い、本当の意味での自立した人物に成長していきます。

このように、現代人特有とでも言いましょうか、「考える力、感じる力」は現代に於いて非常に希薄になっていると言わざるを得ません、これは、つまり「生きる力が弱い」という事に他ならないのです!
 このような状態で指南を聞きに来られても中々、響く答えは出にくいものです。
先に述べたように、うまくまとまらなくても良いのです、ただ皆様の真剣度、本気度があれば我々、指南者はその本領を発揮出来るでしょう。また、それが無相使いなら尚更です。
 
 この辺りの事を少しでも鑑みて占いを活用してみて下さい。
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2014.07.24(Thu):占い
日頃このブログでも言っておりますし、毎日の宅占、街易でも思い知らされる事があります。
 それは、相談者の質問の仕方があまりに伝わりにくい質問形式になっている事です。

①漠然と尋ねても具体的に答えてくれると思い込んでいる
②ゲーム感覚、遊び的に尋ねてそれ以上の何かを期待する
③悩みや問題を抱えているがその問題や悩みに対して向き合っていない
④指南者の答えに対して「考える、察する、思いを巡らす」という行程を踏まない

などなど、中々指南者泣かせな状況です。
我々、指南者、占い師は「答え」を述べるのではなく「答えに至るヒントを出す」のですから、「ヒントに始まりヒントに終わる」が指南者のお仕事なんです。勿論、場合によっては緊急性が高い問題などは「答えそのもの」を言ったりもしますが。
 現代人の多くは「答え」そのものを聞いて来たりします。相談者の人生は相談者のものですから人生設計は相談者自身が描かなくてはなりません。人生設計を指南者に描けと言われる、尋ね方に知らずのうちになっているのではないでしょうか?

ここで、我々其仙流の「無相」に付いて述べさせて頂きます。

 其仙流の「無相」の原点は今からおよそ1300年~1600年前の麻衣仙人がその創始者の麻衣相法から来ております。眉間の部分を「印堂」と言います、この印堂は他の古書でも「鏡の如く」と記載されています、ですが我々、其仙流というか麻衣相法は「鏡の如く作用する」と更に一歩踏み込んだ解釈、発見があり、代々継承しておるわけです。これが無相なんですね。
 この印堂を鏡とするには磨かなくてはなりません、勿論、磨かなくても普通に皆さん使用できますが、達人になるのならばその人間性を磨き、見識、道徳、哲学を磨き、腕を磨かなくては達人にはなれません。
 
 その磨いた鏡に相談者の開運や問題解決の道筋を観るわけですが。先ほども述べましたように質問の仕方がどうも鏡に映りにくい質問の仕方になっております。

真面目な質問ほど真剣度を・・・
遊び感覚なら具体的に質問を・・・
腕試しなら答えの中に何があるのかを探る心構えを・・・


我々、無相使いの印堂は相談者の心、気持ち、悩み、人間性などをエネルギーとして移す鏡なのでエネルギーが生じにくい質問の仕方は結局相談者の心に響きにくい答え方になりやすいのです。

良い質問、良い質問の仕方には良いお答えがすでに含まれています。
愚問には愚答で答えるしかありません・・・


逆に我々、無相使いの真価を最も発揮するのはどのような時なのか?

それは悩みに対して真剣度があり、指南者と会話のキャッチボールをする。

特に「真剣度」が必要です。
我々、無相使いは公言します。相談者に真剣度があれば問題解決、人間的成長の肝所を必ずお伝えできると
後は、会話のキャッチボールをしながら細かい指南をしていきます。

相談者や同業の占い師達も実はこの「質問の仕方」にポイントがあるとは中々フォーカスしてはいないのではないでしょうか?勿論、我々指南者、占い師の腕も問われます、ですが本来占いとは占い師側と相談者側の「歩み寄り」によってその威力を最も発揮できるのです。

 相談者の悩みがまとまっていない、質問の仕方が漠然、あやふやなどでは我々もしっかりと鮮明に鏡に写せませんそれには相談者の事前の歩み寄りが大切なんですね。事前に考えれなくても我々と会話のキャッチボールをする事によって我々もまとまりやすいように協力いたします。


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